2025年の国勢調査で、大阪府の人口は876万人と、30年ぶりに880万人を割りました。その一方で、総務省の「住民基本台帳人口移動報告」によると、京都府・大阪府・兵庫県・奈良県からなる大阪圏は2023年に転入超過に転じ、2025年は7500人の転入超過でした(日本人移動者)。1974年から半世紀続いた転出超過が、数字のうえでは消えたのです。これを大阪の復調と読むのは早計です。転出超過が消えたのは、大阪が人を引きとめる力を取り戻したからではなく、大阪から出ていく年齢層の人口が縮んだからです。15〜29歳の転出は、2010年から2025年に10%増えています。人の出入りでは人口が動かなくなり、死亡が出生を上回る分だけ人口が減っていく大都市を、限界大都市と呼ぶことにします。以下では、誰の転出が減り、どの地域との収支が変わったのかを数え、転出超過が消えた理由を確かめます。

1. 転出超過は、どれだけ縮んだのか

1970年代後半に年4万人前後あった大阪圏の転出超過は、1990年に3万5000人、2000年に3万2000人、2010年に1万人、2020年に1100人へ縮み、2023年に200人余りの転入超過に転じました。2024年は3500人、2025年は7500人の転入超過です(図1)。

図1 大阪圏(京都・大阪・兵庫・奈良)の圏外との転入・転出と、その差の転入超過(日本人移動者、1975〜2025年)。出所:総務省「住民基本台帳人口移動報告」。

図1 大阪圏(京都・大阪・兵庫・奈良)の圏外との転入・転出と、その差の転入超過(日本人移動者、1975〜2025年)。出所:総務省「住民基本台帳人口移動報告」。

転入と転出に分けて見ると、圏外からの転入は1975年の34万7000人から2025年の19万6000人へ、圏外への転出は38万2000人から18万9000人へ、どちらもほぼ半分になりました。出入りの両方が細り、その差も小さくなった、というのが半世紀の姿です。2023年からの転入超過は、新しい人の流れが生まれた結果ではなく、半世紀かけて縮んできた出入りの差が、ゼロを越えたものです。

2. 誰の転出が減り、誰の転出が増えたのか

減ったのは30歳以上、とりわけ30〜44歳とその子どもの転出です。15〜29歳の転出は増えました。

2010年から2025年に、大阪圏から圏外へ転出した日本人は年21万1000人から18万9000人へ、1割減りました。年齢で分けると、15〜29歳の転出は8万4000人から9万3000人へ10%増え、転出者に占める割合は4割から5割近くへ上がりました。この年齢層の人口は同じ期間に5%減っていますから、若者が大阪圏を出る割合(転出率=圏外への転出者÷同じ年齢の大阪圏の人口)は2.9%から3.4%へ高まりました。

減ったのは30歳以上の転出で、9万9000人から8万1000人へ18%減りました。その中心は30〜44歳です。この年齢層の人口は398万人から289万人へ27%減り、転出は6万5000人から4万4000人へ32%減りました。転出率は1.63%から1.52%で、大きくは変わっていません。その子どもにあたる15歳未満も、人口が22%減り、転出は45%減りました。45歳以上では人口も転出も増え、45〜64歳は人口が4%、転出が5%、65歳以上は人口が23%、転出が18%の増加です。ただし45歳以上は転出者全体の2割弱で、収支を動かす大きさではありません(図2)。

図2 大阪圏から圏外への転出(日本人移動者、2010年と2025年)。(A)年齢帯別の人口の変化率、(B)転出者数、(C)転出率=転出者÷同じ年齢帯の人口。出所:住民基本台帳人口移動報告、国勢調査(人口の年齢不詳は、2025年は総務省の不詳補完値、2010年はそれに合わせて府県ごとに年齢構成であん分した値)。

図2 大阪圏から圏外への転出(日本人移動者、2010年と2025年)。(A)年齢帯別の人口の変化率、(B)転出者数、(C)転出率=転出者÷同じ年齢帯の人口。出所:住民基本台帳人口移動報告、国勢調査(人口の年齢不詳は、2025年は総務省の不詳補完値、2010年はそれに合わせて府県ごとに年齢構成であん分した値)。

30〜44歳の人口がこれだけ減った理由は、団塊ジュニア世代(1971〜74年生まれ)の年齢です。2010年に36〜39歳だったこの世代は、2025年には51〜54歳になりました。転勤や住み替えで動くことの多い30〜44歳の人口は、この世代が抜けたことで4分の1縮んだのです。転出者数は人口に転出率を掛けたものですから、転出率が同じでも、動く年齢層の人口が縮めば転出者数は減ります。

転入超過への転換を年齢で分けても、同じことが見えます。2010年の1万人余りの転出超過から2025年の7500人の転入超過へ、差し引きは1万8000人改善しました。このうち15〜29歳の寄与は2500人で、残りの1万5000人余りは30歳以上とその子どもの分です。大阪圏の収支を変えたのは若者の動きではなく、移動の担い手だった世代が、動かない年齢に達したことでした。

3. どの地域との収支が変わったのか

東京圏に対する転出超過は年2万人前後で1990年から変わっていません。変わったのは、東京圏以外の地域に対する転入超過が、2010年の8000人から2025年の2万5000人へ増えたことです。

大阪圏の出入りを、転入元と転出先の地域で三つに分けます。東京圏(埼玉・千葉・東京・神奈川)、中国・四国・九州・沖縄の17県、そして残りの22道県です。東京圏に対しては、1990年に2万1000人、2000年に2万4000人、2010年に1万8000人、2019年に2万5000人、2025年に1万8000人の転出超過で、35年間ほぼ一定です。中国・四国・九州・沖縄に対しては一貫して転入超過で、2010年の6500人から2025年には1万6000人へ増えました。残りの22道県に対しても、2000年代後半に転出超過から転入超過へ変わり、2025年は9500人です。

東京圏以外に対する転入超過が増えた理由は、第2節と同じです。中国・四国・九州・沖縄から大阪圏への転入は2010年の6万9000人から2025年の6万4000人へ6%余りの減少にとどまる一方、大阪圏からこれらの県への転出は6万2000人から4万8000人へ22%減りました。残りの22道県との出入りも、転入は7万3000人で変わらず、転出が7万1000人から6万3000人へ減っています。入ってくる若者の流れは保たれ、出ていく30歳以上が人口の縮小とともに減ったので、差が広がったのです。

大阪圏の収支は、東京圏へ年2万人を送り出し、それ以外の地域から2万5000人を受け入れる、という形になりました。いまの転入超過は、この二つの流れの差です。

4. 大阪は、どんな都市になったのか

大阪は、西日本を中心に東京圏以外の地域から若者を受け入れ、20代で東京へ送り出す通過点になりました。この流れは、2025年の出入りを転入元・転出先と年齢で分けると、そのまま数字に現れます。

対東京圏の転出超過1万8000人のうち、1万7000人が20〜29歳です(20〜24歳が1万3000人、25〜29歳が4200人)。ほかの年齢では、東京圏との出入りはほぼ釣り合っています。逆に、中国・四国・九州・沖縄からの転入超過1万6000人のうち1万5000人が15〜29歳で、残りの22道県からの転入超過9500人も、8割余りが15〜29歳です。20〜24歳だけを取り出すと、大阪圏は西日本とその他の地域から差し引き1万2000人を受け入れ、東京圏へ差し引き1万3000人を送り出しています。この年齢層の収支は、900人の転出超過です。